研究内容
原子などの一つの小さい粒子がどのように振舞うかは量子力学を考えれば(その振る舞いが非日常的であることを除いて)容易に理解することができます。では、粒子がたくさん集まった「多体系」ではどうでしょう。粒子間の相互作用や粒子の量子統計的性質によって多様な現象が発現する一方で、一般に問題を解くことは困難になります。この量子多体系の問題を理解することは、素粒子物理から物性物理、そして宇宙物理にいたるまで幅広い物理系における現象を理解するうえで重要な課題となり、様々な研究が取り組まれてきています。その意味では量子多体系を理解することは物理の宿命的課題といえるでしょう。この研究室では、主に実験系を通してこの量子多体系の謎に挑みます。
適切に調整したレーザー光を原子に照射すると、原子気体をマイクロケルビン台まで冷却することが出来ます。これが冷却原子と呼ばれるもので、我々のメインのツールになります。この冷却原子は蒸発冷却という手法を用いることで更に冷やすことができ(ナノケルビン台まで!)、量子統計性が顕著になる量子気体になります。例えば、ボース統計性に従う原子集団の場合、ボース・アインシュタイン凝縮を起こし、全ての原子があたかも一つの波のように振舞い、超流動性を示します。この冷却原子・量子気体のシステムは、とてもシンプルな物理モデルで記述され、システムのパラメータの制御性に優れているため、非常によい量子多体系研究の舞台となります。
では、実際に研究室で行う実験をイメージしてみてください。量子気体を光で形成した周期的な構造(光格子)に入れると、固体物質(結晶格子中の電子)と似たシステムを作り出すことができます。この対応を用い、固体物質のシミュレーション(量子シミュレーション)を行います。システムのパラメータを変えていったときにどのような量子相が実現するのか、どのような量子現象が発現するか、これらの問いに冷却原子実験から挑んでいきます。
優れた制御性の最たる例としては、量子気体を単一原子レベルで測定したり、操作したりする「量子気体顕微鏡」という技術があります。この技術を用いることで、これまで見ることが難しかった物性物理のミクロな情報や量子相関などにアクセスすることができるのです。また、測定に基づいて単一原子レベルでの操作を施すことにより、「マクスウェルの悪魔」を量子多体系において実現することも出来るのではないかと考えています。量子多体系における量子統計性や相互作用の効果を、実験を通して検証していくことができるのです。
更に近年では、レーザー光で補足した個々の原子を量子ビットとして用い、量子コンピュータを開発するという流れも注目を集めています。量子多体系に対する究極的な制御を実現し、量子多体系の理解を深めるとともに、その応用へと結びつけていくことが私たちの目標です。